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東京大空襲

3月というと3月11日の東日本大震災の印象が強くて3月10日の東京大空襲の話題があまり聞かれなくなったような気がします。遠い昔の歴史の一部となったからなのか、東京ローカルのせいなのか、あるいは両方なのかも知れません。
どちらも暗い出来事なので思い出したくはないのですが、忘れてはいけない出来事です。

東京の下町で生まれ育ったので、子供の頃から地元ならではの戦争体験や災害体験の話はよく聞かされました。やはり東京大洪水と関東大震災と東京大空襲の「大が付く話」が多いのですが、前の二つは明治、大正のことなのであまりぴんと来なくて、もっぱらリアリティがあったのは東京大空襲でした。

私が小さい頃はまだ下町の古いお屋敷には庭先に防空壕があったりしました。中に入ると怒られましたが。
神社の裏なんかにもあって、秘密基地にしていましたが、いつの間にか神社改装の資材倉庫になっていたり。

東京大空襲の話は学校でも習うのですが、区の教育委員会が用意した小冊子の教材はリアリティがありません。っていうか小学生に分るようにしすぎたせいかも知れません。
中学の教材になると、実際に中学生がお年寄りに聞いたことをまとめていたりするのですが、それもやらされ感があってイマイチでした。

高校になると、戦前から教師をしていたっていう先生から生の体験談が聞けます。
高校は旧制の女子校だったのでおばあさんの先生が何人かいて、戦時中の話をすごかったんですよって感じで「楽しそうに」してくれました。

校庭を畑にしたけどサツマイモとかたくさん収穫できて楽しかったとか、校舎が当時では珍しい鉄筋コンクリートだったので、屋上に高射砲をつけたとか。
学校があった江戸川区小松川って深川や本所のような都会ではなかったし、空襲で焼けなかったそうでその分気楽だったとか。

戦争末期の昭和20年に入ると、B-29が低空飛行してくるので、探照灯に照らされた銀色の機体の美しさったらなかったとか。
ただB-29がこちらに向かって飛んでくるときはあわてて逃げたそうです。

そういう話を聞いていて、女子生徒のひとりが
「先生は戦争を反対なさらなかったのですか?」と聞いたのですが、おばあさんの古文の先生は、
「何をおっしゃるの?戦争しなきゃ国がなくなっちゃうかも知れないのですよ。兵隊さんたちが国を守るために命を懸けて戦っているのに応援しないわけにはいかないでしょう」ってにっこりと。
「でもB-29の空襲が来たんですよね」
「ああ、あれは台風みたいな感覚だったからねえ(笑)」

聞いていてなるほどなあと思いました。庶民って強いなあって。

それよりも戦争が終わって価値観がひっくり返った時の方が教師としては混乱したとか。
日教組は、戦争は悪、教え子を再び戦場に送るな、という方針を決めたそうですが、戦争を悪と決めるのは日教組なのかと思ったそうで、しかも生徒に戦争に行けとは一度も言ったことはないと。
戦前に既に大人だった人たちは価値観がしっかりしていて、変なリベラルに染まらなかったのだなあと今更ながら感心しています。
それでも価値観の変革があまりにも唐突だったので、以降口をつぐんでしまった大人達も多かったそうです。

【今日の言葉】 本当は辛いことが多かったと思いますが、生徒を思って努めて明るく振る舞っていた先生方は素晴らしいと思いました
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ざがあと

Author:ざがあと
クルマを買い換えてからクルマの話題が多いのですが、本来のアイドル系やテレビ、PCの話題も根強く続けています。
って、本当はアドビイラストレータのイラストを中心にするはずだったのですが、それはそのうちぼちぼち。
プジョーの話題が多いですが、その他の話題も楽しんでいってください。

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