解禁!マル秘ストーリー(1) ピンクレディー

解禁!マル秘ストーリー ~知られざる真実~』という番組が始まりました。この番組はバラエティとかではなくて、ドキュメンタリー/教養番組に分類されているようなので見てみました。初回はスペシャルのワイド版になっていました。

内容は、70年代から80年代のアイドルネタで、当時公表できなかった「知られざる真実」を解禁するっていう主旨。その真実がどこまで真実かわからないのですが、ドキュメンタリーってことなので、信じてみるのが楽しみ方だと思って見ることにしました。

テーマは4つに分かれていて、ピンクレディー、天地真理っていうか、どちらかというとメインは小柳ルミ子、岡田有希子、森昌子。そのうち今回のこのブログでは森昌子は外します。ルックス的にだめだし、美空ひばりがかわいがったっていうのは、ありそうなことだったし。美空ひばりは人は悪くないのですが、はやり女王で、自分のやりたいことはさくっとやらないと気が済まないたちだったようで、多くの若い人をかわいがったそうです。とんねるずなんかも有名で、そういう中に森昌子がいたって全然不思議ではないし、第一興味がないしどうでもいいのでパスします。
ということで今回はピンクレディー。

ピンクレディーが「ペッパー警部」で大ブレークしたときに、やはり「どこから来たのか」っていうのは当時から話題になりました。
静岡出身の2人組で、スター誕生出身であるっていうのは知ってました。当時はフォークを歌っていて田舎くさかったそうで。

今回の番組では、飯田久彦が気に入って予定外のスカウトをしたこと、フォークデュオの「白い風船」というユニット名でデビュー予定だったことは驚いたのですが、うちの奥さんは知ってました。浅田美代子の「赤い風船」ってヒット曲がすでにあったので、「白い風船」ではまず売れなかったでしょうね。

作曲家の都倉俊一と振付師の土居甫の案で超ミニコスチュームのピンクレディースタイルが決まったそうですが、猛反対を押し切って決めたそうですね。初めて見たときに「なんだこれは!」って思ったのを覚えています。

ピンクレディーは予想を超える大ブレークだったのですが、ファン層が広いっていうか、子供など若年層に厚いのが、70年代前半に圧倒的な人気があった天地真理と共通していました。当然ステーショナリーから自転車までグッズがたくさん出て社会現象とも言われたり。

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当時の彼女たちの映像をみると、かわいいのにびっくりします。しかも声が良く出ていて、アイドル歌手は歌唱力が今ひとつっていうのは思い込みなのがよくわかります。激しい振りをしながらこれだけ歌えるのはやはりプロかなと。さらにオーラがすごい。AKB48が言う「毛穴からオーラ」ってこのことだとよくわかります。


ところが一番人気があったころ、というか人気が定着した頃に「アメリカ進出」をしたのですね。

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当時の私は聴く曲の9割が洋楽で、お金がなかったので輸入盤を買っていたのですが、ピンクレディーの「Kiss In The Dark」も輸入盤で持っています。評価もそれなりにあったと記憶しています。ただ、当時は「伝説の音楽番組 ベストヒットUSA」が始まる前だったし、もちろんインターネットなんかなかったから正確な情報がなかなか集まりませんでした。ミュージックライフとかの洋楽系雑誌も、編集者が女だからピンクレディーに興味を示さなかったのか、記事を見た記憶がありません。安っぽい週刊誌かスポーツ紙がちょいネタに紹介していた程度だったらしく、音楽的な評価なんて伝わるはずがなかったようです。


ただ、ビルボードで37位っていうのは、当時の全国紙の新聞で読んだ記憶があります。
これは大変な記録だと理解していただきたい。全米にはいろいろな人種や宗教の人がいて、いろいろな曲を聴く。ヒットチャートも何本もあって、ロックやポップス、カントリー、ゴスペル、ソウルなど。さらに年齢、性別、新種、宗教、地域など切り口もいろいろ。それを全部合わせたのが全米ヒットチャートビルボードトップ100で、駿台予備校の模擬試験で全国で37位になるのと似ているかも(いや似てないか)。

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ただこのチャートをよく見ると、1位がドナ・サマーのBad Girlsで2位がChicのGood Timesが入っていて、「ああアメリカはそういう時代だったのだな」ってのがよくわかります。70年代が終わってこれまでのソウルとかロックとかカントリーがちょっと時代遅れになりつつある時だったので、割と新しいもの、風変わりなものにアメリカ人が興味を示していた頃なのですね。だからピンクレディーもここまでこれたのですね。これが流行の方向性が定まったあとでは、流行に合わせれば二番煎じだと言われるし、合わなければ話題にもならなかっただろうと思います。ピンクレディーにとってはナイスなタイミングだったのですね。
これだけでも、ピンクレディーのアメリカ進出は大成功だといえるはず。

しかも全米ネットNBCの金曜日のゴールデンタイムに準レギュラー番組を持っていたというすばらしさ。


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今回この映像が初公開になったのですが、トークやコントをこなすなど、ピンクレディーの二人の勤勉というかがんばりがよくわかります。これは間違いなく成功といえるでしょう。

もともとピンクレディーってお色気路線だったけど、アメリカのこういうショウ番組は当時の日本にはなじまなかったのかほとんどマスコミに取り上げられませんでした。っていうか、日本のマスコミはこういうのを軽蔑していたのかも知れません。理解できていなかったのですね。今でこそ倖田來未とか「エロかわいい」って認知が通るのですが、当時は嫌われたのでしょう。

ところが日本では、ピンクレディーから松田聖子の時代になってきて、人気は下降線。急遽日本での人気のてこ入れをしたのですが、それが裏目に出て、アメリカの成功もふいになり解散となります。

今回の番組を見て、当時を思い起こして考えてみると、ピンクレディーはアメリカ進出が失敗の原因って言われるけど、すでに「波乗りパイレーツ」あたりから人気にかげりが見えてきたようで、アメリカ進出がなくても松田聖子の時代はもう無理だったかもと思います。山口百恵とはうまく住み分けられたけど、80年代の「ぶりっこアイドル路線」は無理だったのではあるまいか。
ピンクレディーはあのまま、日本のことなど気にせずに、アメリカの活動がちゃんと日本に伝わるまでアメリカでじっくりやるべきだったのでしょうね。


ピンクレディーで思い出したことがあります。

当時好きだった子とようやくデートまでこぎ着けました。
秋葉原を歩いていたのですが、なぜデートでアキバって思うのですが、恐らく上野から御徒町経由で歩いていたのでしょう。歩行者天国ですね。
電気店からピンクレディーの「SOS」が流れていました。

彼女「この曲ピンクレディーの新曲ね」
ざが「そうだね」
彼女「男は狼だから気をつけないとね」
ざが「!」
より親密になりたかった私は絶句。
彼女「年頃になったならつつしまないとね」
ざが「そ、それって歌詞でしょ。気にしなくてもいいんじゃない?」
彼女「狼が牙をむくって、そういうものらしいのよ」
ざが「・・・・」
つまらん唄がはやったもんだ、と思いました。

その後、彼女とは何の進展もないまま、狼どころかコヨーテになる暇もなく終わってしまいました。

「狼なんか恐くない」(石野真子)って切り返すにも、まだ出てなかったかな。

【今日の言葉】ピンクレディーのすごさって、いまだにフリ付きで歌える人がたくさんいることではないかなと思います。

※歌詞ではなく会話です。JASRACさん。

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ざがあと

Author:ざがあと
クルマを買い換えてからクルマの話題が多いのですが、本来のアイドル系やテレビ、PCの話題も根強く続けています。
って、本当はアドビイラストレータのイラストを中心にするはずだったのですが、それはそのうちぼちぼち。
プジョーの話題が多いですが、その他の話題も楽しんでいってください。

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